2006年3月22日 (水)

王さんに教わること

野球の初代チャンピオンに王さん率いる日本がなりましたね。
私は巨人ファンではないのですが、王さんも長嶋さんも嫌いではありません。
ただ私のトシからすると、王さんや長嶋さんが現役として活躍していたのはあまり記憶がありません。
本当に長嶋さんとか王さんが好きなのは、私よりも10才くらい、あるいはそれ以上年上の方かもしれませんね。
・・・
さて、その王さんですが、海外のあるメディアは敬意を表して「Oh-san」と記したそうです。
Mr.Oh じゃなくてね。
王さんはやっぱり世界一のホームランバッターで、世界の王さん、ってことですね。
その王さんですが、世界一になる前にこう言ったそうです。
「手柄は選手たちが持って行けばいい、責任は僕がもつ」
カッコいいですね。

確かに。
松坂をはじめ、イチロー、福留など活躍しました。そして、松坂はMVPをとりました。
それが、選手の手柄ですね。
王さんは宙に何度か舞いました。それが監督としての一番のご褒美(見返り)でしょうか。

みなさまの中にも会社で上司にこき使われて働いている方がいらっしゃると思います。
あるいは、みなさま自身が上司となり、部下を育て、あるいは活躍させているかもしれません。

デキル上司というのは、やっぱり王さんみたいな気持ちのある人なのでしょうね。
手柄は部下に、責任は自分に。
そんな上司はなかなかいるものじゃぁ、ありません。

・・・ということを書こうと思っていたのですが、今書いていくうちにちょっと違うことを思いました。
私たち(たちは余計か)下で働くものとしては、
上司を胴上げするために、自ら課せられた仕事を全うする必要もまたあるのではないでしょうか。
私たち下のものは、松坂のように、あるいはイチローのように、
本当に不断の努力や責任を果たしていなければなりません。
私たちが、松坂やイチローみたいに自ら課せられたことを全うできていないのであれば、
上司に王さんの言葉を求めることは出来ませんよね。


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2006年3月19日 (日)

贅沢な旅行

先日またTAさんと新橋で食事をしていました。
TAさんはその後、名古屋に転勤になったのですが、
レッスンでの占いどおり、(あるいは今までとは考えられないように)
そこでバリバリと仕事をしているようでした。
なかなか前向きになって、占いからすると当たり前なのですが、
でも現実は本当に驚きでした。

名古屋からのぞみで帰ってきたそうなのですが、
「いやぁ~、のぞみって味気ないですねー」

彼は生粋の鉄キチで、オタクでもありマニアでもあります。
もちろん電車での旅行も大好き。

「尾瀬さん、僕らにとっての一番贅沢な旅行は、普通列車での旅ですよね」

私も電車での旅行なんてとんとしていません。
飛行機+バス。ツアーバス。車。
電車での旅行は行動範囲は狭まるし、時間もかかるし、
お休みが少ない私たちがより遠くで楽しむために、効率よく楽に旅行をするために、
飛行機とか、ツアーバスとかはとても魅力的です。
でも、本当に贅沢な旅行は、
クルージングでもない、豪華客船でもない、
ファーストクラスでもない、
普通列車の旅です。

それは時間を贅沢に使った旅。

私が学生の頃には周遊券というフリー切符がありました。
まだ急行列車がたくさん走っていた頃、
その区間内(例えば東北とか、北海道とか)は乗り放題。
それはそれはのんびりと自由な旅行が出来たそうです。

ところが、それらの周遊券は今はほとんどありません。

JRはJR自らが自らを利用してもらうこと、
自らの魅力を分かってもらおうとしていないように思えてなりません。
新幹線+レンタカー
飛行機+びゅうバス

本当は鉄道旅行には鉄道旅行にしかない魅力があると思うのですが、
その持っている良さをJRはアピールしようとしていないように思えます。
そして、スピードや機動性に負けるから、それらはそっちにお任せで、
自らは単なる移動手段に成り下がろうとしています。

もったいない。

勝てないところは、どうしたって勝てないんだもの。
なら、自分の持っている良い部分、特徴的な部分を出さなくちゃね。
だって、それが好きな人は絶対にいるのですから。
そしてそれこそが、自分にとって大切な人なのではないでしょうか。

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2006年3月18日 (土)

方言とこころと言葉

昨日日本語のことを記しましたが、今日はその続きです。
というのもまたまたラジオでこんなことをやっていました。
それは東北のある劇団(しろうと?)が地元の会津弁でシェークスピアを上演する
というものでした。
ロミオとジュリエットを関西弁で、というのは聞いたことあるのですが(劇団一角獣)
今回案内があったのはハムレットでした。
ハムレットを幕末の会津藩と薩長の新政府軍に見立てて脚本を書き直したということでした。
なぜ、会津弁でハムレットをするのか、という問いに、劇団の人は
「私たちが昔からなじんでいる言葉。それを使わないと本当に伝えることは無理だと思うからです。」

私は横浜に生まれましたので、あるいはとても若いので方言に接したことがほとんどありません。
小さい頃に静岡によく行っていたのですが、そこでちょーーーーっと感じた程度です。
でも、茨城に来てからは結構感じますね~(笑)
若い女の子でも、結構方言を感じることが出来ます。
でもそれはイントネーションや語尾です。

劇団の方がおっしゃったのは、方言はまず情景がある。ということでした。
情景があって、そこに対して言葉がある、と。

確かに標準語は情景ではなくて媒体(古くは紙、あるいは耳)が先にありますね。

なので、標準語と方言はイコールではない、ということです。
例えば、
「おいしい!」と「ぅんめぇ~」は、やっぱり違いがある、のです。
そう言われると、分かるような気もしますね。

方言を大切にしよう、とか、方言文化を考えよう、
ということは他の人に譲りますが、
しかしながらこの
「情景があって、言葉が生まれる」
というのはえらく心に残りました。

まず、何かの情景があって、そしてそこに感じる心があって、
そして、言葉が発せられる。。。

長い歴史の中、生物の進化の過程で、ヒトはなぜ言葉を得たのでしょうか。
狩猟時代に「あっに行け」あるいは「こっちに獲物がある」
ということを伝え、集団で何かを勝ち取るために言葉を得たのでしょうか。
あるいは、どこかわき出てくるような感情があり、
それを他の人に伝えたい、あるいは表現したい、そう思って言葉を得たのでしょうか。
感じる心がなければ、言葉は単なるコミュニケーションツールでしかありません。
生きていくために便利ではありますが、
せっかく言葉を有している生き物であるのなら、
「こころ」感じる部分を大切にしたいですね。

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2006年3月17日 (金)

携帯と日本語

先日ラジオを聞いていて、若者のここが危ない、というようなことがありました。
そのラジオに出演していた方(大学教授だったと思います、桜美林だったような。。。)は
「日本語の使い方ですね~」
とおっしゃっておりました。
例えば、アメリカでも大学できちんと英語を教えるそうです。
その教授の方は「日本語をきちんと教える講座が大学出なさすぎる」ということをおっしゃっておりました。

たまたまその前日にか、電車に乗っていて隣の若い女の子が

「○日の卒業式なんだけど、集合が△時なんだよ。早すぎな~い?あり得なくな~い?」
「ホント、死んじゃうよねー」
なんて言っておりまして、早起きしただけで死んじゃうなんて、
今の若い人たちは大変だなーと感じておりました。
それからふたりの会話は

「走召-→ヤバくな~い?」
「それって、走召-→微女少じゃな~い?」
の繰り返しでした。

超微妙? (゜。゜)?? ハテ?

そんなことをこれまたある人に話したのですが

「確かに今の若い子たちは、言葉が少なすぎますね」
ということでした。
なんでも「走召-→」と「ヤバイ」で済ませちゃうそうです。

日本語というのは本当に豊かなもので、
ただ残念ながら私も国語はニガテだったのでそんなことを大きな声では言えないのですが、
例えば、楽しい!というひとことでも取ったって、


楽しい
おもしろい
痛快
そう快
快感
楽しい
おもしろい
痛快
そう快
快感
小気味いい
快適
溜飲が下がる
胸がすく
気が晴れる
明るい
朗らか
上機嫌


というようにいろいろあります。
例えば学校でも「青」の色には「青・蒼・碧・藍・・・」とかいろいろあるって習いましたし、
新沼健二の歌にも雪の種類が7種類もありました。
そういう「微女少」な違いをきちんと言葉に表しているのが、日本語。
それらの垣根がだんだん壊されて、皆同じ言葉になってしまうというのはとっても残念なことです。

でも、思うのですがこれは避けられないことかもしれませんね。
携帯が普及して、コミュニケーションツールとしてそれを無視することが出来ない今、
携帯の表現力、言葉ではなくて例えば絵文字とか、
あるいは予測変換で毎回同じフレーズが容易に出てくるとか、

だからこそ、桜美林大学の教授がおっしゃっていたように、
きちんと知っていて、使い分ける。
ということが必要なのだと思います。

私は日本語に本当に興味がありました。今でもあります。
でも、その勉強の仕方やあるいは場所を全く知りませんでした。
日本語は本当に奥が深くて興味深いものです。
大切にしたいのですが、その術を知りません。

日本人で毎日日本語を使っているのに悲しいことです。

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2006年3月 2日 (木)

もうひとつの3月

4月からは新しい年度が始まりますね。
新しい学校、新しい職場、新しい会社、、、
でも、もしかしたら残念ながらそうじゃない方もいらっしゃるかもしれません。
おそらく、みなさまの中には望どおりでない進学、あるいは就職、
あるいは毎日を強いられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

先日ある方とお話ししていた時に、このようなことを言われました。
「目先のことにとらわれすぎちゃいけないよね。
自分の生活とか、人生とか、生き方とか、長いスパンの中でものごとを考えることって大切だよね。」


人生は長いです。みなさまにとっては本当にまだまだこれからです。
10年後、あるいは20年後なんて、何しているか分かりませんよ。ホントに。
なので、今すぐに新入生とか、新社会人とか、あるいは○○学校に入学したとか、
○○株式会社に入社したとか、そういうのはとても些細なことです。
もちろん、○○大学にはいる、あるいは○○会社に就職する、ということが人生の目的であるのなら、
それは今あなたがそこに位置しているかどうかであなたの人間性を評価してもいいでしょう。
でも、たぶんみなさまそうじゃないと思うのです。

やっぱり自分のやりたいこととか、将来のイメージとか、そういうのがあると思うんですね。
その方は、
「将来そこに位置している、ということが重要であって、
あるいは、今そこに向かっているということが重要であって、
今そこに位置しているかどうかで、自分の人生判断しちゃいけないよ」

とおっしゃっていました。
大切なのは
「今どこに位置しているか」ではなくて、「今どこに向かっているか」です。
だから、今どこに位置していたとしても、向かっている方向が間違っていないのであれば、
その人はとても価値ある毎日を過ごすことが出来るでしょう。

例えば、
「医者になりたい」と思っていたのに医学部を落ちてしまったのであれば、
いま重要なことは医学部に入学しているかしていないかではなくて、
医者に向かっているかどうか、です。
だから、医学部に入学して1年を過ごしても、医学部に入学するために予備校で1年過ごしても、
それはその人にとっての1年は同じ価値です。

もし、医者になりたいと思っているのに滑り止めに受けた別の学部が受かってしまって
妥協してそこに入学したとするのなら、
それはその後の人生を無駄に過ごしてしまうかもしれないのです。
もちろん、別の人生の「良さ」もあるかもしれません。それが縁なのかもしれません。
でも、方向を修正する勇気や思い切りやさまざまなものが必要となるでしょう。
それは「滑り止めに受かったから」という簡単な理由では、進路を変えるという理由にはならないと思うのです。
「これも何かの縁、新しい道にチャレンジしてみよう!」
そう思えるのなら、それは新しい価値です。

みなさまが、○○歳には△△になるぞ!
という目標を立てていて、その○○歳を超えてしまっているのであれば、
それは落ち込む要因となるでしょう。
でも、きっとこれを読んでいらっしゃる方はそうじゃないと思うのですね。
○○歳というのは区切りとか、節目であって、
それが最終的な目標ではないと思うのです。

だって、そうだったら私なんてもうどうしていいか分からない。(>_<)

大切なのは、今何をしているか、どこに向かっているか。
です。
今どこに位置しているかではなく。

みなさまはどうでしょうか。自分の道を進みましょう。

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2006年2月25日 (土)

荒川選手に教わること

荒川選手の金メダルは私たちにもたくさんの勇気とか、希望を与えてくれましたね。
また、村主選手はもう足が動けなくなるまで自分を出しきると言うことを、
安藤選手はチャレンジするということを、教えてくれました。

それらはもちろん他のどの競技のどの選手でも私たちに何かを教えてくれているでしょう。

荒川選手がどんなにがんばったとか、どん底からはい上がるとか、
冷静さを保つとか、飛びながら判断するとか、しかしながらそういうものは持っているチャートがそうさせますから、
いくら私が「クールに占いをしたい」と思っても、それは無理です。(笑)

ですが、荒川選手は練習の時のことをこう言っていました。
「もう、満足するのは最後の瞬間だけでいい」と。

荒川選手がどのような気持ちでそう言ったのか、それは私には分かりません。
自分に限界を定めないで、練習したと直前にありました。
なので、満足しない=常に上昇し続ける、ということを指しているのかもしれません。
そしてその瞬間というのがオリンピックだとするのなら、まさに目標に向かって、
その目標(オリンピック)が終わるまでは満足しない。ということなのかもしれません。

私たちは何かをしている時、そこに幸せを求めてしまいます。
これは当たり前のことかもしれませんが。
私は合唱をやっているのでその話が一番しやすいのですが、
荒川選手の言葉を借りるのであるのなら、
「笑うのは演奏会の時だけでいい」ということになるのでしょうか。
ちょっとうまくできたらそれで満足。
昨日よりうまくできたからそれで満足。
あるいは、演奏はうまくいかなかったけれども、休憩の時にお気に入りの女の子と話せたから満足。。。

もちろん。
合唱と荒川選手のスケートとは位置づけが違うのですが、
でも
「私たちは合唱でオリンピックに出て、そこで金メダルを取ろうとしているんじゃない」って、
言えるでしょうか。
本当に自分が「好き」だと思っているのであるのなら、
満足するのは最後の瞬間だけでよいのかもしれません。
そこに「目的」とか「到達点」という目指すものがあるのならば。

演奏会は12月。まだまだ長いですね。

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2006年2月22日 (水)

自分のこと、好きですか?

長年恋いこがれていたある女性(Tさんとしておきましょう)の写真をついにGETしました。ふふ。(*^_^*)
新しい携帯にしてから、アドレス帳に登録するのには写真が必要なのです。
実はここだけの話なのですが、Tさんはとっても美人でおしゃれでセレブ系で
私なんかが気楽に話しかけることができないような雰囲気を持っていました。
ところが、写真をくださいとお話ししたところ、あっさりOK。
そして先日、彼女の友達数人と私と一緒にいた時に写真をくれました。

「うわぁ! めっちゃくちゃ可愛いじゃん。」
Tさんのお友達もその写真を見てみな同様に

「うわぁ~ 本当に可愛いね~♪」
「Tさん、これ、最高にいいじゃ~ん。」
ということでその写真は大好評でした。

その写真は2枚あったのですが、2枚とも自分で写したそうです。
お友達のひとりが、

「Tさん、自分のこと好きでしょう?」と聞いたところ、Tさんは
「えぇ、とっても好きですよ♪」
と言っていました。


最近恋いこがれている(笑)ある女性(Uさんとしておきましょう)に
またまたアドレス帳に登録するために写真をいただこうと思いました。
ところがUさんは

「私、写真写り悪いんですよ~。ゼッタイダメ(`‐´≠)凸
と、あっさりと断られてしまいました。しゅん。。。
(;_;)
お友達の域にまで達していませんから、無理強いすることはできません。
しかし、Uさんはこっそりと彼に撮ってもらった写真を見せてくれました。


「Uさん、これすっごく可愛いじゃん♪」
そこには大好きな彼の前でナチュラルに笑っているUさんがいました。
大好きな彼に撮られているのですもの、可愛くないわけ無いですよね。
(^_-)-☆
「Uさん、その写真送って送って~」
「だ~め。これは彼に撮ってもらった大切な宝物なの。」


高校の時に私には写真部の友達がいました。
そいつがまた、クラスの女の子の写真をそれはそれは可愛く撮るんですよ。
私たちが高校生の時代ですから、今みたいにみんなおしゃれじゃないし、
お化粧している人なんて皆無だったし、
髪は聖子ちゃんカットだし、スカートはスケバンだったし、
(膝上何センチじゃなくて、靴上何センチって感じ。たいてい5センチくらい?)
というような時代でしたが、でも、本当に女の子の表情をうまく撮っていました。
ある時に彼は

「女の子を可愛くとるなんて簡単だよ。その子のことを好きになればいいんだから。」
そう言っていました。


写真はいろいろなものを映し出しますよ。
自分で自分のことをブサイクだと思っていたら、それは表情として出てきてしまいます。
自分のこと、好きになりましょうね。
キャンディ・キャンディの歌にもあるじゃないですか。(って知らないって?)

そして、彼から
「写真撮らせてね」とかお出かけして「一緒に撮ろうよ」とか
いわれたら、どうか
彼のことが好き!という気持ちで彼の携帯に収まってくださいね。
これで、あなたの笑顔は彼の宝物♪
(*^_^*)

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2006年2月18日 (土)

ゆとりある時間

先日時間があったので美術館に行って来ました。
美術館に行くのはとっても久しぶりです。ルノアール以来です。
今回は40才以上の人なら誰でも知っている谷内六郎の絵画展です。
作品数もとっても多くて全部見るのに1時間半くらいかかりました。
そして谷内さん(谷内氏?谷内先生?谷内伯?)は子供の他に汽車と音楽が好きだったようで
それもまたとっても趣のある表現でした。

特に気に入ったのは
「沼の音は低い音」というタイトルで
沼の底の方にピアノの鍵盤が描かれているものでした。

確かに。
沼の音って、低い感じがしますよね。しません?

谷内さんの画には必ずタイトルが付けられているそうで、それがまたおもしろいのです。
アイロンが蒸気機関車になったり、ヤカンの湯気が汽車になったり、
車の斜線が白の絆創膏になったり、雨音が王冠になったり、
雪が「ドサッ」って落ちるのが相撲取りが土俵から落ちる音だったり、
タンポポがヘリコプターだったり、、、

私たちが常に接している「視覚」と「音」がそこには楽しく描かれていました。

本当に
「そうそう♪」とか「あるある」とか、そんな感じです。
ツボにはまってしまいました。

そんなことをある方にお話ししたら
「尾瀬さん、感じるというのは毎日日々人と接していく中で得られるものだよ」
と言われてしまいました。

本当にその通りです。

美術館に行って、感動したり、気持ちが
(*^_^*)とか(^_^)bとかw(°o°)wとかヽ('ー`)ノとかなります。
(柔道で思い切り背負い投げされた時のような感じ)
でも、同じような感覚は、日々の中にだって確かに転がっているはずなのです。

谷内六郎は何百という感動や気付きを画に残しているのですから、天才です。
でも、それをみて得られる感覚と同じものは、人と接していれば必ず得られるはずなのです。
谷内六郎の画をみて、何か少し感じたり、得たり、確かにありました。
でも、それを見て得られるということは、日々の中で余裕がないことの裏返しなのかもしれません。

音楽を聴いて感動する。
映画を見て泣ける。
美術館に行って打ちのめされる。
漫画を見て泣ける。

それらは私たちに
「ナチュラルな状態に戻りなさい」と言っているようでなりません。

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2006年2月15日 (水)

趣味は何ですか?

今日歌の練習に行くと、何故か先生はいなくて、マネージャーのOさん(男性)がいました。
今日はテノールのパート練習がありましたが、Oさん(バスです)の指示に従って行われました。
その後の全体練習も
「O合唱団の練習を始めたいと思います。」
のかけ声で、Oさんの指示に従って行われました。
どうやら先生はチョコをたくさん食べ過ぎたようで、風邪をひいたようでした。

Oさんにどんな経歴があるのか分かりませんが、
それはもう、見事なまでの棒さばきでした。(腕さばき?)
最初の頃ちょっと上がっていたようですけどね。(ご愛敬ということで)

来週先生が戻ってきた時には今日一日の練習の成果にきっと驚くことでしょう。

Oさんにとって合唱はきっと趣味だと思いますが、
その趣味の領域できちんと先生の代役を務められてしまうのはたいしたものですね。
みなさまも何か人に誇れる趣味があるでしょうか。

先日占いに訪れてくださいましたある方が
趣味って良いと思いますよ。
趣味から感じること、学ぶことがたくさんあります。
趣味をしていく中でコツコツやることがいいとか、
継続するのが大切だとか、そういうことがいろいろ分かります。

とおっしゃっておりました。
お仕事ではどうしても「やらされている」とか、「しかたなく」とか、
多少消極的になってしまうことがあったとしても、
趣味であればそうではありませんからね。

そこから学べること、気付くことはとっても多いのでしょう。
それよりなにより、趣味を通じての仲間は同じ方向性を(多少なりとも)持っていますから、
きっと楽しいでしょうね。

私の趣味は何だろう。。。ないじゃん。(>_<)

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2006年2月 2日 (木)

フェイント(?)

今日は発表会へ向けての個人レッスンでした。
最近私はちょっと歌に目覚めていまして、少しだけ練習しています。(爆)
それでね、1ヶ月か2ヶ月くらい前に
「こんな曲ダメかも~(>_<)」って思っていた曲が意外と簡単に歌えるようになってきました。
それでもう早くレッスンをしたくてしたくて仕方ありませんでした。

レッスンの最初にいつも先生は

「調子はどうですか?」というようなことを聞かれます。
そしてそれからまずは通して歌います。
なので私はバッチリ用意してきました。

「もう完璧です!素人が歌うのだから、このくらいできればいいという感じです!」

ところが、その日に限って先生はまず最初にこうおっしゃったのです。

「じゃ、まず声出しましょうか。歌うのはいつでも歌えますから」
( ̄□ ̄;)ガーン
せっかくカッコいいせりふ用意していたのに。。。
しかも発声を思い切りやったらガラスの声帯である私は耐えられなくて、
その後うまく歌えなくなっちゃうよー
。・°°・(>_<)・°°・。
(ってこのへんが素人なのですが(^_^;))

しかしそんなことをものともせずに、ばっちりC#まで発声させられて(爆)
へろへろになりました。
ところが先生からは

「ま~、いくらテノールでも、こんなには出なくていいんですけどね」(笑)
なんてさらりと言われてしまいました。
それから、いつもとはちょっと違う発声方法を習いました。
いつもとはちょっと違うし、使う筋肉も違うし、器用じゃないしむずかしー(>_<)

ところが実際に歌を歌う段階になると、その発声方法がとても役立ったのです。
まさに、この曲を歌うためには(あ、ベルディーのレクイエムらしいです)
その発声方法が必要なんじゃないか、という、そんな感じなのです。

私みたいな素人をですね、そこそこ聞けるレベルに持って行くのですから、

「先生って魔術師だな~」と個人レッスンのたびに思うのですが、
今回もそれは全く同じ。
私は自信満々で個人レッスンに望んだのですが、
そんな私を見透かしていたように、まず発声をさせられて、違う発声方法を教えられて、
そしてやっと歌うことが許された時には既にそのように歌うことが自然なようになっていたのです。

サスガ、プロですね。
何で今日に限って発声からなのよー
と思ったのですが、それにはちゃんと理由と裏付けがあったのです。

私も、いつも星占いが先ですが、たまにタロットを先にすることがあります。
それも、同じように理由と裏付けがあるんですよ。

(と、しておこう)(^_^;)

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